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日本市場参入の規制マッピング・チェックリスト:誰が所管し、誰がルールを書くのか

日本市場への参入時、多くの企業は許認可の所管官庁を特定した時点で規制対応を終えたと考えます。本稿は、業種別の所管官庁、業種を問わず適用される横断法令、外為法の事前届出、そして法案化の1年前にルールが形づくられる審議会まで、5つの層で整理したチェックリストです。

日本市場参入の規制マッピング・チェックリスト:誰が所管し、誰がルールを書くのか
写真:丸の内と東京駅 / 撮影:Basile MorinCC BY-SA 4.0

日本市場への参入にあたり、多くの企業は必要な規制対応を済ませます。製品の許認可を所管する官庁を特定し、法律事務所に届出手続を依頼し、承認が下りた時点で対応は完了したと考えます。

それで参入の関門は通過できます。しかし、市場が事業として成立し続けるかどうかを実際に左右するのは、参入後に変わるルールです。そしてそれは、多くの場合、企業が見ていない場所で、存在すら認識していなかった機関によって書かれています。

本稿は、その全体像を整理したものです。省庁別ではなく業種別に構成しています。事業側は「自社は医療機器を扱っている」と考えるのであって、「厚生労働省について知りたい」と考えるわけではないためです。扱う層は5つ、許認可を所管する規制当局、業種を問わず適用される横断法令、参入そのものを止めうる投資審査、そして将来のルールが今まさに起案されている審議会です。

第1層:業種別の所管官庁

出発点ですが、ここで終えてはいけません。多くの事業は複数の官庁にまたがり、そして企業を驚かせるのはたいてい二つ目の官庁です。

業種主たる所管中核法令ルールが形づくられる場
金融サービス、フィンテック金融庁金融商品取引法、銀行法、資金決済法金融審議会
暗号資産・デジタル資産金融庁資金決済法(金商法への移行が進行中)金融審議会
医薬品・医療機器厚生労働省(審査はPMDA)薬機法(医薬品医療機器等法)薬事・食品衛生審議会
食品・サプリメント・表示消費者庁、厚生労働省食品衛生法、食品表示法消費者委員会
化粧品・医薬部外品厚生労働省薬機法薬事・食品衛生審議会
電気通信・放送総務省電気通信事業法、放送法情報通信審議会
デジタル行政・GovTechデジタル庁、総務省デジタル社会形成基本法デジタル社会推進関連会議
エネルギー・資源・GX経済産業省(資源エネルギー庁)電気事業法、省エネ法総合資源エネルギー調査会
製造業・通商・産業政策経済産業省外為法、業法各法産業構造審議会
自動車・モビリティ国土交通省道路運送車両法、道路運送法交通政策審議会
航空・宇宙国土交通省、内閣府航空法、宇宙活動法宇宙政策委員会
建設・不動産・インフラ国土交通省建築基準法、建設業法社会資本整備審議会
防衛・デュアルユース防衛省(装備庁)防衛調達関連、外為法規制防衛産業政策関連会議
EC・プラットフォーム経済産業省、消費者庁、公正取引委員会特定商取引法、取引透明化法三機関にまたがる
AI・ソフトウェア・データ経済産業省、総務省、デジタル庁AI関連推進法制、個人情報保護法AI戦略会議、各省AI関連会議

表の二行にまたがる事業であれば、所管官庁も二つ、追うべき審議会の日程も二つ、構築すべき関係も二系統になります。決済事業者は金融庁と経済産業省に、コネクテッドカーは国土交通省・経済産業省・総務省に、ヘルスケアアプリは厚生労働省とデジタル庁にまたがります。この整理を着手時点で正確に行っておくことは、行政指導の場で気付くよりはるかに有用です。

第2層:業種を問わず適用される横断法令

以下は業種にかかわらず適用され、製品承認に集中しているチームが最も見落としやすい領域です。

個人情報保護法。 所管は省庁ではなく独立機関である個人情報保護委員会です。個人データの取扱い、国境を越える移転、漏えい時の報告義務を規律します。日本の顧客情報や従業員情報を扱うのであれば初日から適用され、海外の親会社にも及びます。

独占禁止法・下請法。 公正取引委員会が所管します。独禁法に加え、下請代金支払遅延等防止法(下請法)は、支払条件や仕様変更を含む取引条件を規律します。海外企業にとっては本国に対応する制度がないことが多く、後段階で認識されがちな法令です。

労働法制。 労働基準法をはじめとする各法が、労働時間、解雇、有期・派遣労働者の取扱いを規律します。とりわけ解雇に関する制約は多くの国と比べて厳格であり、参入時の人員計画そのものを規定します。

景品表示法。 消費者向けの表示・広告について、業種を問わず適用されます。2023年10月以降は、広告であることを明示しない表示、いわゆるステルスマーケティングも規制対象です。規制の名宛人はインフルエンサーではなく広告主である事業者です。

経済安全保障推進法。 サプライチェーン、基幹インフラの調達、指定分野の技術管理に関する義務を導入しました。インフラ分野で事業を行う、あるいはインフラ事業者に供給する立場であれば、これは政策テーマではなく現に対応が必要なコンプライアンス項目です。

第3層:外為法の投資審査、見落とされやすい関門

外国為替及び外国貿易法(外為法)は、指定業種への対内直接投資について事前届出を義務付けています。形式的な手続ではなく、また短期間で終わるものでもありません。

事前届出の対象には、防衛、航空、原子力、電気通信、サイバーセキュリティのほか、累次の改正を経て、半導体、重要鉱物その他サプライチェーン上重要とされる分野が含まれます。届出は日本銀行を経由して財務大臣および事業所管大臣に対して行い、投資実行前に法定の審査期間を置く必要があります。

実務上の留意点は三つあります。第一に、対象業種は近年繰り返し拡大しており、前回の案件で対象外であった業種が現在も対象外とは限りません。第二に、審査はグリーンフィールド投資だけでなく既存の日本企業の買収にも及ぶため、M&Aによる参入ではデューデリジェンス項目となります。第三に、審査の観点は国の安全に限られず、公の秩序の維持および公衆の安全の保護を含む、より広い基準です。

この項目は早期に確認すべきです。本稿のチェックリストの中で、参入を複雑にするのではなく、参入そのものを止めうる数少ない項目だからです。

第4層:審議会、将来のルールが書かれる場

日本の規制を「遵守する」企業と「マネジメントする」企業を分けるのが、この層です。

日本の省庁は、重要な政策を単独で起案しません。審議会を設置し、学識経験者、業界代表、その他の有識者からなる会議体が、法案化される前の段階で複数回にわたり論点を整理します。議事次第、提出資料、議事録は各省庁のサイトで公開されています。

重要なのは時間軸です。審議会は立法の6か月から18か月前に議論を行います。法案が国会に提出された時点で実質的な内容はおおむね固まっており、その後の論点は技術的というより政治的なものになります。ルールが本当の意味で開かれているのは、審議会の段階です。

市場参入を検討する企業にとって、この含意は二つあります。自社の業種を扱う審議会は、報道よりはるかに早い段階で最も有用な情報源であるということ。そしてその審議会の席は、多くの場合、業界団体と既存事業者が占めているということです。

第5層:業界団体と、自社がどこに位置するか

日本の業界団体への加入に法的義務はありません。しかし実務上、業界団体は業界の見解が省庁に届く経路を保持していることが多く、省庁も業界を代表する窓口として扱います。

外資系企業にとって、これはロビイングの問題というより可視性の問題です。加入しているかどうかが、自社の業種のルールが議論される場に居るのか、事後に知るのかを分けます。既存事業者が足並みを揃える場でもあるため、自社のビジネスモデルが既存事業者にとって破壊的である場合はとりわけ重要になります。詳細は 日本の業界団体が公共政策をどう形づくるか で、新規参入者が直面するルールを既存事業者の立場が形づくった事例とあわせて整理しています。

チェックリスト

参入計画を確定する前に一通り確認し、その後は年次で見直してください。

規制マッピング

  1. 主たる所管官庁を特定し、事業の一部について別の官庁が所管していないかを確認する。
  2. 所管官庁ではなく、自社の製品・サービスを拘束する個別の法令を列挙する。
  3. 自社の業種を扱う審議会を特定し、公開資料の所在を確認する。
  4. その審議会の席を持つ業界団体を特定する。

横断的コンプライアンス

  1. 個人情報保護法上の義務を、越境移転および海外親会社への適用を含めて評価する。
  2. 独占禁止法上のリスクを確認し、日本の中小規模の取引先を用いる場合は下請法も確認する。
  3. 想定する人員計画に対して労働法制上の義務を確認する。とりわけ解雇に関する制約に留意する。
  4. マーケティング計画に対して景品表示法上の規律を確認する。インフルエンサーやアフィリエイトを含む。
  5. 経済安全保障推進法が自社の事業または顧客に及ぶかを判定する。

参入の関門

  1. 外為法の事前届出の要否を判定し、審査期間をスケジュールに織り込む。
  2. 買収による参入の場合、投資審査を当初からデューデリジェンス項目として扱う。
  3. 必要な許認可に対して法人形態が適合しているかを確認する。日本法人の設置が前提となる許認可もある。

継続的対応

  1. 自社業種の審議会、関連するパブリックコメント、所管官庁の公表情報について、継続的な把握体制を構築する。
  2. 自社の事業計画サイクルではなく、政府の予算サイクルに合わせて関与の計画を立てる。
  3. 必要になってから構築できない関係を特定し、必要になる前に着手する。

この地図が示していないもの

本稿が示すのは機関の配置です。時間軸は示していません。そして日本に参入する企業が最も多く誤るのは、この時間軸です。日本の政策形成は年次のリズムで動きます。各省庁は夏の終わりに翌年度の概算要求を提出し、予算は12月に固まり、国会は3月末までにこれを可決し、4月に年度が変わります。2月に関与を始めた企業は、目指していたサイクルをすでに逃しています。

この暦については、対となる 日本の政策カレンダー で、各トラックがいつ開き、いつ閉じるのかを月別に整理しています。参入を検討されており、上記の地図を自社の具体的な規制ポジションに落とし込みたい場合、どの審議会を追うべきか、どの関係から着手すべきかを含め、お問い合わせ よりご相談ください。

関連記事:日本の政策カレンダー ではいつ動くべきかを、政策動向のリアルタイム把握 ではどう把握するかを、日本の中央省庁ガイド では各省庁の所管を、日本の政策形成は実際どう動くのか では審議会から法律に至るまでの全体像を扱っています。個別の手続については、無線機器の技適新規化学物質の届出食品の輸入電気通信事業の登録・届出農薬の登録日本政府への調達業界団体(一般社団法人)の設立 の各手引きをご覧ください。

よくあるご質問

自社の事業はどの官庁が所管しますか。
業種によって異なり、複数の官庁にまたがることも珍しくありません。金融サービスは金融庁、医薬品・医療機器は厚生労働省とPMDA、電気通信・放送は総務省、エネルギー・通商・製造業の多くは経済産業省、運輸・航空・建設は国土交通省が所管します。消費者向けの表示・広告については、業種を問わず消費者庁が関与します。
外資による日本への投資には審査がありますか。
あります。外国為替及び外国貿易法(外為法)は、国の安全、公の秩序の維持、公衆の安全の保護等に関わる指定業種への対内直接投資について事前届出を求めています。防衛、航空、原子力、電気通信、サイバーセキュリティ、一部の半導体・重要鉱物関連などが対象です。届出は日本銀行を経由して財務大臣および事業所管大臣に対して行い、一定の審査期間を経る必要があります。対象業種は近年拡大しているため、過去の案件で対象外であった業種も改めて確認すべきです。
審議会はなぜ市場参入の検討で重要なのですか。
審議会は、省庁が法案化の前段階で論点を整理するために設置する有識者会議です。議事次第・提出資料・議事録が公開され、立法の6か月から18か月前に議論が行われます。つまり、自社を拘束することになるルールが、まだ変更可能な段階で議論されている場です。国会に法案が提出された時点では、実質的な内容はおおむね固まっています。
業界団体には加入すべきですか。
法的な義務はありません。ただし実務上、業界団体は所管官庁の審議会において業界を代表する立場で参画していることが多く、省庁も業界の意見を聴取する窓口として位置付けています。外資系企業にとっては、ロビイングというより「自社の業種が議論される場に居るかどうか」の問題として捉えるのが実態に近いといえます。
規制対応はどの程度先を見て計画すべきですか。
予算に紐づく事項は年次サイクルで動き、翌年度の概算要求が固まる夏の終わりには実質的に締まります。制度変更はそれよりさらに早く、審議会の段階で表面化します。実務上は、成果を得たい時点の12か月から18か月前を計画の起点とするのが現実的で、これは新たに日本に着任したチームの想定より長いのが通例です。