経済産業省の7.8兆円概算要求を、事業単位で読み解く(令和9年度)
経済産業省の令和9年度概算要求は過去最大の7.79兆円。前年の当初予算に秋の補正を加えた約5.3兆円と比べれば約48%増で、当初予算のみと比べたときの「2倍超」ほどではありません。その81%が新設・上限なしの「強く豊かな日本」投資枠に置かれています。来年度、経産省が産業政策にどこへ資金を投じたいのか、AI・半導体、経済安全保障、GX、コンテンツ、そして令和9年4月から動き出す中小企業向けスキームまで、事業単位でインタラクティブに読み解きます。
経済産業省の令和9年度概算要求は過去最大の7.79兆円(約519億米ドル)で、経産省として過去最大の要求です。表面的には令和8年度当初予算3.07兆円の2倍超ですが、この比較は実態を過大に見せます。経産省の実際の年間支出は当初予算に大型の秋の補正(令和7年度で約2.2兆円)を加えたものであり、公正な基準は合算で約5.3兆円。これに対し要求は約48%増にとどまります。それでも大きな伸びであり、高市政権の産業アジェンダを最も明確に表す数字です。その81%にあたる6.31兆円が、新設・上限なしの「強く豊かな日本」投資枠に置かれ、AI・半導体、経済安全保障、GXに集中しています。
本稿は、日本の令和9年度・143兆円概算要求の背後にある個別省庁を掘り下げる、Gemini Groupの連載の第1回です。経済産業省から始めるのは、産業に最も近い省であり、その要求がどの省庁よりも大きく動いたからです。投資枠によって、経産省の概算要求はおよそ7.8兆円へと膨らみ、来年度どの分野を政府が資金で後押しするかを示す「意思表明」になりました。
下のインタラクティブで、全体の内訳をご覧いただけます。経産省の8つの重点分野、そのうちどれだけが投資枠に依存しているか、そして措置されれば令和9年4月から動き出す主要事業(多くが新規または大幅拡充)。ビューアー右上でEN/JAを切り替えられます。
公式の経済産業省データ(令和8年8月31日)に基づくインタラクティブ可視化。米ドルは¥150=US$1で参考換算。
要点
- 要求総額: 7.79兆円(約519億米ドル)。過去最大。前年の当初+令和7年度並みの補正(約5.3兆円)と比べれば約48%増で、当初予算のみ(3.07兆円)との比較は「2倍超」と過大に見せます。
- 投資枠が支配的: 6.31兆円、要求の81%が上限なしの「強く豊かな日本」投資枠に。経産省はその最大の利用者。
- AX(AI・半導体・ロボット)が最大の重点: 1.99兆円、うち約1.4兆円がAI・ロボット。単一で最大の事業は、「フィジカルAI」を見据えたマルチモーダル基盤モデル開発(8,964億円)。
- 経済安全保障が急増: 1.55兆円。令和8年度予算のわずか427億円から約36倍で、鉱物資源サプライチェーン(5,293億円)と化学品サプライチェーン強靱化(2,187億円)が牽引。
- GX・エネルギーも大規模: 1.98兆円。次世代革新炉、水素、GXサプライチェーン、クリーンエネルギー自動車など。
- 中小企業に大きな枠: 1.38兆円。中小・中堅企業の「稼ぐ力」強化に向け、「ものづくり補助金」後継(2,200億円)を含む。
2倍になった数字と、その本当の意味
文字どおり読めば、経産省の要求は爆発的に見えます。当初予算3.07兆円に対して要求7.79兆円、150%超の増加です。この数字には、予算全体の見出しと同じ注意が必要です。公正な比較は、前年の当初予算に秋の補正を加えたものです。令和8年度当初予算(3.07兆円)+令和7年度並みの補正(約2.2兆円)で約5.3兆円。これに対し令和9年度要求は約48%増であって、150%増ではありません。増加分の大半は6.31兆円の投資枠であり、この投資枠は二つのことを同時に行っています。
第一に、補正予算の支出を前倒ししています。従来、経産省の実際の年間支出のかなりの部分は当初予算からではなく、秋の補正予算で措置されていました。令和7年度の補正は約2.2兆円でした。令和9年度の要求指針は、補正頼みをやめ恒久的な措置を当初予算に計上するよう各省に求めており、従来なら年度途中に足されていた支出が、いまや当初から要求されています。7.79兆円の一部は新規の資金ではなく、既存の支出が「見える化」されたものです。
第二に、これは真に新規の産業投資でもあります。とりわけAI・半導体、経済安全保障で、2030年およびそれ以降を見据えた大規模な官民投資を動員するという政府の中期目標に紐づいています。
いずれも事実です。正直に読めば、経産省の要求は産業支出の実質的で意図的な段階的引き上げを表していますが、その幅は「2倍超」が示唆するより小さく、その上に、当該支出を透明性の高い当初予算に移すという構造変化が重なっています。特定のスキームを追う立場からは、この変化は重要です。当初予算、したがってこの要求は、以前より実態を多く捉えるようになっています。
AX:AI・半導体・ロボットへの賭け
経産省の最大の重点は、いまやAX(AI・半導体・ロボット)と呼ぶ約1.99兆円です。この括り方は意図的です。経産省は基盤モデル、ロボティクス、半導体を一体の推進策としてまとめ、日本の勝ち筋は最先端の言語モデルだけにあるのではなく、製造・物流・介護・災害対応・廃炉といった現場に適用される「フィジカルAI」にあると賭けています。
主要事業は以下のとおりです。
- マルチモーダル基盤モデル開発(フィジカルAI):8,964億円。3,873億円からの拡充で、要求全体の中で単一最大の事業。
- AIロボティクス戦略事業:3,209億円(新規)、およびAIロボティクスの中核拠点事業:1,333億円(新規)。
- ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発:3,706億円。半導体・先端計算基盤(一部支出の付け替えにより6,738億円から減)。
- 半導体設計・製造基盤整備:908億円、および次世代半導体事業者への債務保証のためのIPA出資金320億円。このほか経産省は、情報処理推進機構を通じてラピダス向けに約1,500億円を求めていると報じられています。
- 廃炉フィジカルAI関連研究開発:470億円(新規)。遠隔・自律技術を原子力の廃炉現場に実装。
計上された事業と並んで、経産省はAI・半導体・ロボット分野の量産投資・研究開発・社会実装について、金額を伴わない事項要求を行っており、AI・半導体の実際の要求が印刷された数字より大きいことを示唆しています。
経済安全保障:36倍の急増
比率で最も伸びたのは、経済安全保障・防衛産業基盤の1.55兆円で、令和8年度予算のわずか427億円からの急増です。サプライチェーンの地政学が予算に落ちる場所です。
- 鉱物資源開発・サプライチェーン安定化:5,293億円(75億円から)、加えて重要鉱物の安定供給確保支援1,390億円。レアアース等、国内製造業の投入資源の確保を狙う。
- 化学品サプライチェーン強靱化:2,187億円(新規)。ナフサの調達多角化や川中製品の在庫強化。
- 蓄電池・航空機部品・宇宙産業の基盤強化。いずれも新規の投資枠事業。
- 医療機器・創薬エコシステム支援。重要医療物資の国内生産能力の確保に向けた経産省の動き。
経産省はまた、経済安全保障上重要なスタートアップへの出資・債務保証、およびデュアルユースの技術・生産基盤強化について事項要求を掲げ、防衛省と連携しています。防衛産業戦略が具体化するにつれ注視すべき分野です。
GX・エネルギー、中小企業、そしてクールジャパンの終わり
より馴染みのある大きな二つのブロックに、象徴的な小さな一手が加わって要求を締めくくります。
**資源エネルギー・GX(1.98兆円)**は、日本の脱炭素とエネルギー安全保障の機構を動かし続けます。**次世代革新炉(1,411億円)、GXサプライチェーン構築(1,134億円)、水素の価格差支援(655億円)、省エネ・非化石転換の投資促進(2,108億円)、クリーンエネルギー自動車補助(1,100億円)**など。基礎的なエネルギー事業の多くは投資枠ではなくエネルギー対策特別会計に計上されており、この分野がどの重点よりも大きな「投資枠以外」の割合を持つ理由です。
中小・中堅企業(1.38兆円)は、政府の「稼ぐ力」と賃上げアジェンダを軸とした国内経済の原動力です。中心は中小企業基盤整備機構運営費交付金の6,980億円への拡充と、日本で最も広く使われている事業補助金の一つである**「ものづくり補助金」・事業再構築の後継(新事業進出・ものづくり商業サービス補助、2,200億円)、そして産業クラスター向けのサプライチェーン形成支援補助金1,000億円**です。日本に製造・中小の拠点を持つ企業にとって、最も直接使いやすいスキームです。
コンテンツ、そしてクールジャパンの終わり。 規模は小さいが象徴的な一手が、1,730億円のコンテンツ産業分野にあります。中核のコンテンツ産業成長投資支援事業(1,652億円、5.5億円から)が動き出す一方で、政府はクールジャパン機構(海外需要開拓支援機構)の廃止に動いています。2013年に設立された官民ファンドで、累計約540億円の損失を抱え、コンテンツと無関係な企業への出資などを長年批判されてきました。令和9年度の財政投融資計画から外れ、経産省は出資型から、日本のコンテンツやIPの海外展開を後押しする補助金・事業型の支援へと軸足を移します。2033年に海外売上20兆円という目標の一環です。権利者やスタジオにとっては、支援の器も条件も変わります。
経産省の要求をどう読むか
- 投資枠と基礎的要求を分けて見る。 要求の8割は上限のない投資枠です。経産省が投資枠の資金をどこに置き、どこで事項要求にとどめたかが、真の優先順位と、数字がまだ流動的な場所を教えてくれます。
- 総額ではなく、名前のついた事業を追う。 経産省の要求は、金額を伴う具体的なスキームを名指ししています。近年それらはおおむね予算まで引き継がれてきたため、事業リストは令和9年4月から使えるものの、ほぼ最終形に近い地図です。
- 事項要求を注視する。 金額のない事項要求(AI量産、経済安全保障の金融、デュアルユース、革新的医薬品)は、要求が最終的な規模を過小に示している場所です。秋を通じて追う価値のある意思のシグナルです。
- 二つの時間軸で動く。 令和9年度についてはスキームがおおむね固まっているため、今の動きは、事業を名前のついた事業に合わせ、開始時に使えるよう位置取りすることです。事業の条件を「形づくる」には、経産省の審議会や要求指針といったサイクルの上流で、その次の予算に向けて働きかける必要があります。
Gemini Groupは、経産省の予算サイクルを、産業戦略の審議会や要求指針から閣議決定まで、各クライアントの分野に関わる部分に絞って追跡し、この要求が示すスキームを「捉える」ことと、いままさに書かれつつある事業を「形づくる」ことの両方について助言します。経産省の令和9年度要求が御社にとって何を意味するか、お問い合わせください。
あわせて読む:日本の令和9年度概算要求の全体像、確定した令和8年度予算の詳細、そして日本の政策カレンダーといつ関与すべきかのガイド。
よくあるご質問
- 経済産業省の令和9年度概算要求はどのくらいの規模ですか。
- 経済産業省の令和9年度概算要求は過去最大の7.79兆円(約519億米ドル)です。表面的には令和8年度当初予算3.07兆円の2倍超ですが、より公正な基準は前年の当初予算に秋の補正を加えたものです。令和8年度当初+令和7年度並みの補正で約5.3兆円、これに対し要求は約48%増にとどまります。一般会計、エネルギー対策特別会計、特許特別会計を合わせた規模です。急増の主因は、新設・上限なしの「強く豊かな日本」投資枠で、要求総額の約81%にあたる6.31兆円を占めます。
- 経済産業省は何に予算を使おうとしていますか。
- 経産省の要求はいくつかの戦略分野に集中しています。最大はAX(AI・半導体・ロボット)で約1.99兆円。次いで経済安全保障・防衛産業基盤が1.55兆円(重要鉱物、化学品、サプライチェーン強靱化)、資源エネルギー・GXが1.98兆円、そして中小・中堅企業の「稼ぐ力」強化が1.38兆円です。主要事業には、8,964億円のマルチモーダルAI基盤モデル開発、5,293億円の鉱物資源サプライチェーン、2,200億円の「ものづくり補助金」後継事業などがあります。
- 「強く豊かな日本」投資枠とは何ですか。
- 高市政権の下で令和9年度に新設された、上限のない重点的な支出枠(『「強く豊かな日本」投資枠』)です。上限がないため、通常の予算ルールを超える規模の要求が可能になります。経済産業省はその最大の利用者で、7.79兆円の要求のうち6.31兆円が投資枠に置かれ、AI・半導体、経済安全保障、GXに集中しています。経産省の要求が前年度比で2倍超に膨らんだ主因です。
- 経産省の支出は本当に前年度の2倍超なのですか。
- 見出しの数字ではそうです。要求7.79兆円に対し、令和8年度当初予算は3.07兆円。しかしこの比較は実質の新規支出を過大に見せます。6.31兆円の投資枠には、従来は年度途中の補正予算で措置されていた分と、真に新規の産業投資が含まれています。投資枠だけでほぼ補正予算1本分に相当する規模で、それを秋の補正で足すのではなく、当初予算に前倒しで要求しています。より多くの支出を透明性の高い当初予算に移す構造変化は本物ですが、増加分がすべて新規の資金というわけではありません。
- 令和9年度に動き出す経産省の補助金はどれですか。
- 要求どおり措置されれば、令和9年4月から動き出すスキームには、「ものづくり補助金」・事業再構築の後継である新事業進出・ものづくり商業サービス補助事業(2,200億円)、産業クラスター向けのサプライチェーン形成支援補助金(1,000億円)、クリーンエネルギー自動車導入促進補助金(1,100億円)、省エネ・非化石転換の投資促進支援(2,108億円)、そして重要鉱物・化学品のサプライチェーン支援の大幅拡充などがあります。多くが新規または大幅拡充です。金額と区分を含む全リストは、上のインタラクティブでご覧いただけます。
- 半導体やラピダスへの要求はどのくらいですか。
- AX(AI・半導体・ロボット)は経産省最大の重点分野で約1.99兆円。うち約1.4兆円がAI・ロボットに、5,272億円がAI・半導体産業基盤強化フレームに置かれています。半導体の個別事業には、半導体設計・製造基盤整備事業(908億円)や、次世代半導体事業者への債務保証のための情報処理推進機構(IPA)出資金(320億円)などがあります。このほか経産省は、政府系の情報処理推進機構を通じてラピダス向けに約1,500億円を求めていると報じられています(MLex)。
- 日本はクールジャパン機構を廃止するのですか。
- はい。令和9年度要求で経産省はクールジャパン機構(海外需要開拓支援機構)の廃止に動きました。2013年に設立された官民の出資ファンドで、累計約540億円の損失を抱え、コンテンツと関係の薄い事業への出資を長年批判されてきました。財政投融資計画からも外れます。代わりに経産省は補助金・事業型のコンテンツ支援を拡充し、その中核が1,652億円のコンテンツ産業成長投資支援事業(5.5億円から)です。2033年に海外売上20兆円という目標に向け、日本のコンテンツやIPの海外展開を後押しします。
- 経産省の概算要求は通常どおり措置されますか。
- 近年、最終予算は要求に近い水準で着地しています。財務省は秋を通じてすべての要求を査定し、周縁を調整しますが、経産省の全体像と優先順位はおおむね12月の予算案までそのまま引き継がれます。今年の主な不確実性は上限のない投資枠で、新しく規律が緩いため、最も削られやすい部分です。ただし、名前の挙がった事業の多くにとって、要求は措置される内容のほぼ最終形に近いプレビューです。
- 令和9年度予算はいつ確定しますか。
- 経産省は令和8年8月末に要求を提出しました。財務省が秋を通じて査定し、経産省や与党と折衝します。内閣は通常12月下旬に予算案を閣議決定し、国会が令和9年4月1日の年度開始前に可決します。個別スキームに事業を合わせて位置取りする、あるいは条件が固まる前に働きかける。その好機は今から財務省査定の間です。